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身近をやり込め。誰でもできる。でも誰もやらない。その一歩が“強さ”を決める「一角の人物になる。」
行動できる人は、やっぱり強い。
~学長の中学生時代から学ぶこと~
朝の「リベ大(リベラルアーツ大学)」の放送。
今日は、すごく共感した。
話していたのは、学長の中学生時代の話。
「塾に行きたい」と思った学長少年。
でも、親の返事は——
「うちはお金がない」
だった。
・‥…━━━☆・‥…━━━☆
さて・・・。
きみなら、どうする?
やめる? あきらめる?
それとも、別の道を探す?
学長は答えを探した。考えた。
「学校の先生がいるじゃないか!」
そう思って、先生に聞きまくったんだって。
しかも本人、小学生用のドリルからやり直して、
自分の“苦手”をしっかり見つめ直したらしい。
「ここができてないから、わからなかったんだ」
が、解ったみたい。
.。o○o。.★.。o○o。.☆
ここが、ほんとにすごいところ。
✅ やらされ勉強じゃない。
✅ 誰かの指示じゃない。
✅ “自分から”動いてる。
そしてね。
先生たちも、こういう子にはちゃんと応えてくれる。
「ここだけは、絶対にやり込め!」
って、要点をしっかり教えてくれる。
このエピソード、ただの「いい話」じゃない。
ぼくが一番感じたのは…
「強さ」って、こういう“行動”に宿るってこと。
簡単なこと。
身近なところ。
誰でもできるように見えること。
でも、それを本気でやり込む人って、実は少ない。
空手でも、仕事でも、まったく同じ。
基本の構え。
ステップ。
ガードの位置。
「やってるつもり」になってるだけじゃ、強くならない。
でもね。
魅力のある人っていうのは、
「誰でもやれることを、誰よりも深く、ちゃんとやる」
考えながら、丁寧に、しっかりやる。

学長の中学生時代の行動から、それを強く感じた。
だから伝えたい。
まず一番近くのことから徹底してみよう。
遠くを目指すためには、
足元を固めるのが、いちばん早いんだ。
ヤルさ。
デキルさ。
マカシとけ! の気持ちでな!
【★親御さんと君たちへ。】
「子育てのヒント」
——子どもを育てたことがない僕が言うのも、なんだけどさ。
「自分で学びに向かえる子」になるためには、
まずは学ぶ手段を用意してあげること。
塾だけじゃない。
家庭での学び直し、
親子での取り組み、
何より、日常の会話が学びの土台になります。
親子の会話。
考えてみましょう。
命令じゃないよ。意見の押しつけでもない。
「会話」です。
子どもからも、親からも自然に出る「かいわ」。
☆*゚ ゜゚*☆*☆*゚
そして君たちへ
勉強も、あれもそれも。
★1日目:1ページ目だけやる
☆2日目:1ページ目と2ページ目
★3日目:2ページ目と3ページ目
☆4日目:1ページ目と4ページ目……
★5日目・・。これやろう。。
一度やったページは「さらり」とやる。
いつか、どこかのページで????
わからん・・・。になると思う。
そこを先生でもいい。
クラスの可愛い子でも。かっこいい子でも。
聞こう。
そして、そんな事しているとね、気づくんだよね。
あれ、勉強できるのに教えるの上手じゃない。
この人は教えるの上手・・・。あれ、この子は成績良くないけど、聞いたら一緒に考えてくれる。
あれ、この事勉強したら・・・進まない。
あれ・・・この子と勉強したらすごく楽しい。
なんて気づくよ。そして「人を見る目も育つよ」
やってみて(^o^)
どう感じた?
よかったら、感想聞かせてください。
小学生読んでるかな・・・?
読んでないと思うけど、これも作文にしてみて。
気づいた感想を箇条書きでも構わないし、イラストで表現してもいい。
まずは文字で、アウトプットしてみよう。色々「視えるよ」
他人は理解してくれないだろうけど「視える」よ。
反抗期の声かけで悩む親へ:子どもの心に届く「寄り添い会話術」【実践例あり】
【第2回】干渉しすぎず、でもちゃんと届く
思春期の子どもへの“距離感ある声かけ”とは?
「もういいってば」
「ほっといてよ」
…あの頃、親に言われた言葉に、イライラした記憶はありませんか?
思春期は、心も体も大きく揺れる時期。
子どもは「自立したい」「でも認めてほしい」――そんな矛盾の中にいます。
親がつい「手も口も出したくなる」気持ち、とてもよく分かります。
でもこの時期に必要なのは、
“距離をとる”のではなく
“信頼でつながる”こと。
今回は、干渉しすぎずに「ちゃんと影響を与える」ための言葉がけのヒントをお届けします。
■ 「何も言わない」vs「言いすぎる」——どちらもNG
思春期の子に対して、親が取りやすい反応は主に2つ
- ① 口うるさく言いすぎる(心配・期待の裏返し)
- ② 距離をとって何も言わなくなる(どう接していいか分からない)
実はどちらも、子どもにとっては「自分を見てくれていない」感覚を与えてしまいます。
子どもは、距離が近すぎても、遠すぎても苦しくなる。
だから大切なのは、“自分のペースを尊重されながら、必要なときには支えがある”という安心感です。
必要なら、すぐに側に行くから。
■ では、どうやってそのバランスをとるのか?
キーワードは…
「先回りしない」「決めつけない」「問いかける」
うん、わかっているよね。難しいよね。
✅ 使える声かけ例(干渉しすぎず、届く言葉)
❌「そんなことしても意味ないでしょ」
🙆それをやってみようと思った理由、聞いてもいい?」
→ まずは“理解しようとする姿勢”を見せることで、相手のガードが緩みます。
・・多分・・「べつに・・。」と言う、どっちつかずに聞こえる返事とか。・・この場合聞いてほしい確率有るので、「聞こうか?」ではなく、「聞かせて」の方が良いかも。
❌「どうせ無理に決まってるよ」
🙆「・・無理をうまく活かせるアイデアって何が有るのかな。?」
→ 可能性を信じる問いかけで、思考が前向きになります。
でもね。思春期だと、問いかけると反抗的かも。「しらないから教えて」のスタンスとかニュアンスとかが良いかもね。
❌「もっとちゃんとやれって!」
🙆「今の行動の自分に納得してる?」
→ 外からの命令ではなく、内側からの気づきを促す問い。
しかぁーし!!これも問いかけると性格とか思春期とか反抗期は・・・。
もしかしたら「教えて」的な雰囲気で、聞いてみると良いかも。
応えてきたら「なるほどねぇ‐」と。
■ 子どもの“反応”より、“自分の態度”に注目しよう
「どう返してくるか」は子ども次第?。
本には書いてませんが。僕的に「聞く方の技術も」かなり大事と思います。
どう書いていいのか分かりませんが。
子供だましは良くない。
子供だましてどうするよ。
子供だましな会話とかじゃなく・・。
どうしたらよいだろうか・!?('A`|||)
親がどんな姿勢で言葉を届けたかは、確実に子どもの中に残ります。
最初はぶっきらぼうに返されたとしても、
あなたを「信じて見守る」というメッセージは表面に静かに、醸し出したいです。
▶ 次回予告。(こんな風に書くと、なんか立派な先生になった気分☺️)
「挑戦させたいとき、親がかけるべき“たった一言”とは?」
をテーマにお届けします。
子どもが「やってみたい」と感じる言葉とは何か、一緒に考えていきましょう。
小さな処事をgoodに
小さな処事を、Goodに。
毎日の中には、本当にたくさんの「小さな処事(しょじ)」があります。
見逃してしまいそうな、気にも留めないような、ちっちゃな動作や習慣。
でも、ふと思ったんです。
「まず、今いる場所で、Goodになること」って、どういうことだろう?
これは、誰かミュージシャンが言ってた言葉だったかもしれません。
忘れてしまったけど、ずっと心に残ってました。
「その小さな場所でGoodになれ」
つまり、「大きなことじゃなくていい。今のその場で、今の自分が、Goodになろう」って。
じゃあボクは、何をすればGoodになれるんだろう?
どうすれば、今この場所、この瞬間で、Goodでいられるんだろう?
考えてみたら、答えはすごくシンプルでした。
「小さな処事」を、Goodに変えること。
たとえば、靴を揃える。
帰ってきたらカバンを元の場所に戻す。
ちょっとだけ掃除する。少しだけ工夫する。
それだけで、その空間が少しGoodになります。
子どもたちに伝える前に、
自分の機嫌を自分で取る。
自分の声のトーンを整える。
自分の身の回りをGoodにする。
そうやって、自分をGoodで満たしていけば、
自然と周りにも良い影響がにじみ出てくる。
武道と「小さな処事」
武道の稽古もそうです。
いきなり強くなったり、うまくなったりなんてしない。
でも、立ち方を丁寧にする。座り方に意識を向ける。
ミットを揃える。黙想をちゃんとやる。
そういう一つひとつの小さな所作をGoodにしていくことで、
技も心も、少しずつ磨かれていく。
靴を揃えることに「残心」をこめる
ある子が、練習のあとに誰にも言わず、
先生の靴まで揃えてくれていたことがありました。
「誰かが見てるから」じゃない。
「その方が気持ちいいから」。
その子にとって、ただの動作じゃなく、
"心を整える"ことだったんだと思う。
それがまさに、小さな処事をGoodにしてる姿なんですよね。
じゃあ、どんなことをGoodにできるだろう?
-
自分をご機嫌にする
-
機嫌を人任せにしない
-
失敗しても、挑戦をGoodと認める
-
人の小さなGoodに気づく
-
それを、小さくても本人に伝えてみる
「その片隅を輝かせる」って言葉にもつながります。
部屋の隅っこ、道場の隅っこ、誰かの心の隅っこ。
そこに、ちょっとだけGoodを届ける。
そうやって、自分が先にGoodになる。
その場の空気が変わる。
周りが少し明るくなる。
おわりに:今この場所で、Goodになろう
大それたことじゃなくていい。
SNSで拍手されるようなことでもなくていい。
まずは、自分の足元。日常の中にある、小さな処事をGoodに。
誰も見てなくても、
その積み重ねが、きっと人生をちょっとずつ輝かせてくれる。
📚 おすすめの一冊:
-
『もしもウサギにコーチがいたら』(伊藤 守 著)
→ 静かに隣にいる、そんなコーチングのあり方が学べる心あたたまる一冊。
自分にも、子どもにも、そっと寄り添いたくなります。
★「小さな処事をGoodに」。
今日はどんな小さなGoodができそうですか?★
その片隅を輝かす。
その片隅を、輝かそう。
たとえば、道場の片隅で
ひとり、うつむいている子がいたら。
教室の隅っこで、どこか寂しげにしている子がいたら。
挑戦して、失敗して、落ち込んでいる子がいたら。
何があったのかはわからないけれど、
何かを抱えて、心が沈んでいるように見える子がいたら。
練習中、どことなく元気がない。
あれ、何かうまくいかなかったのかな?と感じたら――
そんなとき、
そっと、軽く、明るく声をかけてあげたい。
「うまくいかなかったんだな」
そう思えたら、
「でも、挑戦しててよかったよ」
「ボクも見習って、挑戦してみようかな」って。
あるいは、
「すごい失敗だったけど、
あそこまで真剣に、一生懸命にやってたのが伝わったよ。
感動した。一緒にまた練習してくれる?」
そんなふうに。
上からじゃなくて、横並びで。
導くんじゃなくて、隣に座って話すように。
そうやって、
その片隅を、そっと輝かせてあげたい。
片隅が輝けば、
暗いところはひとつずつ消えていく。
明るい場所ばかりじゃなくていい。
でも、隅にいたっていい。
そこに光があれば、
みんながもっと輝ける。
失敗は、輝くものだと知るチャンス。
落ち込んでいる場所こそ、次のスタート地点かもしれない。
だから、
その片隅を、輝かそう。
何なら、ボクがその隅に行って、
ちょっと光ってみるのもいい。
薄暗い場所を、
ボクが先に明るくしてしまおう。
◆ 道場の片隅で実際にあったこと
ある日の練習後、
ミット練習で空振りばかりして、悔しさを押し殺していた子がいました。
みんなが帰る準備をしている中、
ひとり、バッグに手を入れたまま動かない。
そっと隣に座って、
「…今日は、ちょっと難しかったね」と言うと、
その子はポロッと、「オレ、全然ダメやった」と返してくれた。
「いや、そう見えたけどさ、チャレンジしてたのはちゃんと見てたよ。
うまくいかんのも悔しいけど、あの気合いはカッコよかったぞ」
そう声をかけたら、うつむいてた顔がちょっとだけほころんで、
最後は一緒にミットを片づけて帰りました。
技術も大事。勝つことも大事。
でも、ああいう瞬間が一番「指導者やっててよかった」と思える時間なんです。
◆ 今日のおすすめの本
こうした気づきの視点をくれる本が、いくつかあります。
親として、指導者として、心の引き出しに入れておきたいものばかりです。
-
もしもウサギにコーチがいたら
著者 伊藤 守 著 -
『子どもが育つ魔法の言葉』ドロシー・ロー・ノルト著
→ 何気ない言葉が、どれだけ子どもに影響を与えているかに気づかされる名著。 -
『小さな習慣』スティーヴン・ガイズ著
→ 継続や挑戦を支える「小さな一歩」が、どれほど強いかを実感できる一冊。
今日も、どこかの片隅が、そっと光を待っているかもしれません。
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誰かの心の隅っこを、あなたの言葉や行動で輝かせてみませんか。
人格の一部形成のために大事なこと。
オスのある子は伸びる
~挨拶に宿る“生き方”~
空手の世界において、「オス!」という挨拶は、単なる言葉ではありません。
(もともとは学生の、「おはようございます。お願いします。の略語です)
それは、礼儀・覚悟・感謝・気合が込められた、“生き様の一声”です。
(カッコいい書き方をしてみた(*^^*))
道場では、稽古前や稽古後に、自然と「オス!」と声が飛び交います。
ですが、よく見てみると、その「オス」にも差があります。
■ 小さな声でなんとなく言う子
なんとなく「オス…」と口にしている子。
恥ずかしいのか、照れているのか。あるいは、習慣で言っているだけかもしれません。
それも最初は仕方ない。でも、やはり物足りないの。
■ 声が大きく、相手の目を見て言う子
一方で、相手の目を見て、しっかりと「オス!!」と挨拶できる子がいます。
たったそれだけで、何かが違う。空気が変わる。
-
「この子は芯があるな」
-
「気持ちが入ってるな」
-
「相手を大切にしてるな」
そんなふうに感じさせてくれます。
それだけじゃなく、こちらも気合が入るのはなぜ。今までの習慣として、いまから「やるぞ」の気が入るからかな。
■ オスに出る“人間力”
私たちはよく、「人は見た目じゃない」と言います。
でも実際には、その人がどう生きているかは、所作や声にあらわれるものです。
だからこそ、「オス!」と、たった一言の挨拶にも、その子の人間性がにじみ出るのです。
■ 挨拶で人生が変わる?
少し大げさに聞こえるかもしれませんが、
挨拶ひとつ変わると、周囲の反応が変わり、人との関係が変わり、自分の評価が変わります。
【おす。こんにちは。こんばんは。おはようございます。ありがとうございます。】
すべての挨拶。
「オスのある子」は、ちゃんと周りからも信頼される。
「オスのある子」は、自分の気持ちにも火をつけられる。
声のコントロール。そこから色々伸びていくのです。
(*^^*)たぶん。
人間、ほとんどの人が生まれて最初に大きな声で泣くようですね。
とにかく、まずは大きな声で「おスッ」
■ 目の前に来て挨拶する子
最近、道場で稽古が終わると、僕の目の前まで来て「ありがとうございました」「オス!」としっかり挨拶して帰る子がいます。
全員がそうしているわけではありません。
でも、その行動には毎回「お、いいな」と感じます。
居残り稽古や自主トレの後、誰にも強制されていないのに、ちゃんと挨拶して帰る。
目の前でしっかり立ち止まり、目を見て、気持ちよく一声「オス!」。
その姿を見ていると、
この子は素直だなぁ~と感心します。
■ 最後に
道場で学んでほしいのは、ただ技術だけではありません。
むしろ大切なのは、人としてのあり方、考え方、姿勢です。
そして自分の人生のあり方というか、生き方?
社会生活の仕方、機転を利かせられる生き方かな。
その第一歩が、道場では「オス」の挨拶。
お腹から「オス!」が言える子は、
きっとこれからの人生で、生き方というか、あり方というか・・
・・・成長していくことができる。
そして社会の中で役立つ知恵を得てほしい。。
そのためにも、場所を意識して「押忍っ」


